ゴキブリ×子は、片足が無かった。
ゴキブリ×子は、定食屋の屋根裏の集団に属していた。
ゴキブリ×子の属する集団は、昼は屋根裏の、一番涼しく暗い隅にかたまって、
ゾワゾワゴヤゴヤと、身を寄せ合って空腹をしのいでいた。
夜は、冷え切った調理場に出て、
調理場の隅という隅を漁り尽くした。
しかし、ゴキブリ×子は違った。
不具な体を引きずるが、遅々として進まず、
床や壁にうっすら広がっている油の類を舐めていた。
したがってゴキブリ×子は、十分な栄養を摂取することが出来なかった。
ゴキブリ×造の子を身ごもっているにもかかわらず。
ゴキブリ×造は、ある日忽然と姿を消した。
ゴキブリ×造は、『ホイホイ』の誘惑に負けたのである。
身動き取れないゴキブリ×造は、
それでも生きることをやめなかった。
ゴキブリ×造は、もがきながらも、ある画期的な策を思い付いた。
脱皮するのである。
ゴキブリ×造は、最初の脱皮を試みると、体長の分だけ前進した。
それを繰り返し、体長の分だけ前進し、
気がつくと、ゴキブリ×造の体長は、もとの半分も無かった。
そして、出口まであと数ミリの所で、
ゴキブリ×造は、真に姿を消した。
ゴキブリ×子は、出産を前にして、
一人屋根裏を離れ、調理場の冷蔵庫の裏に潜んでいた。
カスや油の豊富な冷蔵庫の裏は、
片足の無い、出産間近のゴキブリ×子に適しているようであった。
しかし、常に暗く、暖かい、冷蔵庫の裏は、
ゴキブリ×子の生活リズムと判断力を完全に狂わせた。
ある昼下がり、ゴキブリ×子は、重たい体を引きずって、
出産場所を求めに出た。
その時身ごもったゴキブリ×子の体に、多量の毒霧が浴びせられた。
ゴキブリ×子は、猛然と走った。
本能の赴くまま、全精力の尽きるまで。
しかし、ゴキブリ×子には片足が無いため、
いつまでも同じ所を廻っているに過ぎなかった。
■■■文芸山脈 24号 ( 2000/11/30 発行)に掲載されました。 短編デビュー作