2007年12月06日

俺たち未関係。

高3の夏休み、×子と初めての山下公園。
俺は、とにかく気恥ずかしくて、最初からずっと×子に合わせていた。
居心地の悪い、洋風の洒落た店で昼飯を食い、×子に導かれるまま日陰を探して歩き、道路沿いの「明治乳業」と書かれたベンチに並んで座った。
×子は、少しずつ色々なことを俺に話しては「ね、ね」と同意を求めた。それぞれの小さな話は、互いに無関係なものばかりだった。俺は、次の話を聞くたびに、前の話の内容を忘れた。
まぶしい入道雲を見上げながら、俺は退屈していた。
×子の話がつまらないからではなくて、知らない土地の繁華街で、遊び方を心得ていなかったからだ。
もうひとつ、つき合いはじめたばかりで、いまだに指一本触れてない×子との接し方に慣れていなかったこともある。
ぼんやり休んでいるうちに、日陰はだんだん狭くなった。俺たちの足の先から腰の辺りまで夏の陽に晒され、膝小僧が暑かった。
「ね、見て」不意に、×子が俺の目の前に、左手の甲を突き出した。×子の手が、日陰から出て陽を浴びた。中指の爪の脇から、何か飛び出しているように見えて、少し顔を近づけた。
「ささくれじゃん」俺が無愛想に応えると、×子はささくれをつまんで「取るね」と勢い良く引っ張った。ささくれは1cmほど尾を引いてちぎれ、×子の爪の脇でビーズのような血が輝いた。
俺は、思わず×子の指を掴みそうになった。ところが、テレビドラマのうそ臭いラブシーンをイメージしてしまって手を止めた。…恥ずかしすぎる。じゃあどうするか。ティッシュ持ってないし、指で?
×子の動作を制して、考えるより先に、俺は×子の指先を強く吹いた。「ふっ」輝くビーズは、薄い血の跡を残してどこかに消し飛んだ。俺も×子も、なんとなく動けなかった。
次の瞬間、×子の手の甲に、しずくが一滴落ちてきた。
「アスファルトの臭いがするね」と×子が言った。
俺の首筋にも、大きなしずくが落ちた。空を見上げたら、一面雲に覆われていて、急に辺りが薄暗くなった。
「夕立」言うか言わないかのうちに、大粒の雨がそこらじゅうに落ちてきた。肩掛けカバンに入っている折り畳み傘を出そうとして、また手を止めた。どこかで見たような、白々しい光景を感じたからだ。…アイアイ傘?無理だ。出来すぎている。じゃあどうする?
×子は、2人で言った「夕立」が重なってた、と楽しそうに笑った。
雨は、音を立てて強さを増していった。
「傘、ないよね」俺は返事をしなかった。×子は、小さなバッグを頭に載せて、俺の何かを待っているようだった。
「走ろ」俺もカバンを頭に載せて、街の方を目で差した。俺が小走りに駆け出すと、×子は、笑いながらついて来た。
繁華街のアーケードにたどり着くと、俺たちは、水浸しになっていた。
×子は、下着が透けるのを気に留めず、今までで一番楽しそうにしていた。商店街では、同じような人々が“ひい”とか“やれやれ”とか言っていた。俺にちびタオルを差し出しながら、×子が訊いた。
「これから、どこ行く?」俺は、一切何も思いつかなかった。ただ、何をしようとも、どうせ何かの真似になると感じて、今ここで、×子とずぶ濡れになっている自分を恥じていた。

◆2007年度【 第5回 3D文章ゼミ  課題:傘 】
課題の内容に沿って、本当(実際の体験や伝聞)と嘘(想像したこと考えたことなど)をミックスして、1400字以内の文章にまとめてください。

Posted by chitoku at 2007年12月06日 02:10 | トラックバック
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