2007年09月06日

職を失うと男は

梅雨入り前の明るい夕刻、私は近所の公園で、4歳になったばかりの娘を遊ばせていた。平日というのに、離職した私は子守りの他にやることが無かった。
公園の中央にある、滑り台の降り口が砂場になっていて、娘は、お団子やおにぎりを作っていた。「これなあに」近くのベンチでボウッとしていた私を娘が呼んだ。砂場から出てきたと手渡されたのは、束ねて結んでボール状になったストッキングだった。所々靴墨で汚れているので、靴磨きに使われていたウチのだと分かる。砂遊び道具を靴箱の脇に置いているから紛れ込んだのだろう。「パンにすれば」と戻すと、娘は素直に喜んでいた。
そのあと、娘と同い年の×造が来た。「なにこれ」と早速娘からストッキングを奪って、器用にほぐし始めた。黙って見ている娘に「ここ持ってみ」と言ってつま先部分を握らせて、×造は後ずさり「びよーん」と言ったか言わないうちに、娘は手を離した。「ギャーハハ」×造も笑った「ギャーハハ」。
娘達がだんだん砂だらけになるので、止めさせようと思って砂場に近づくと、ちょうど嫁が迎えに来た。「ママー」と娘は走り去った。私は「遊び道具片付けて戻る」と言って、嫁と娘を先に帰らせた。砂場には、ぽつねんと×造が立っていた。「オレまだ遊ぶよ」と帰ろうとしないので、「貸してみ」と砂だらけのストッキングを手にした。
私は、娘のスコップで、ストッキングの中に砂を入れてみた。昔、志村けんが婆ちゃんネタで、ストッキングの乳房?を肩に乗せるのを思い出したりした。「あに?あんだって?」と。
それをとりあえずグルグル振り回して、自分の手に巻きつけて見せた。
「オレもオレも」早速×造は真似をして遊び始めた。私が片づけを始めると、×造は更に手で砂を掬って、ストッキングに入れ始めた。
「見て!」気がつくと、バレーボールくらいに砂が入ったストッキングを、×造はよろけながら私に見せた。「おお、サンドバッグじゃんか」私はそれを高めに持ってやり、パンチ、パンチと×造に殴らせた。それを見て、思わず口ずさんだのが<サンドーバアッグにー浮かんでー消えーるう>と、あしたのジョー。
「もっと入れるか」私は調子に乗って、更にバスケットボールくらいまで砂を入れた。昔、コンドームに水を入れて、皆で大騒ぎした時のような興奮。
暗くなったからか、飽きたか、×造が別のことをしだすので、私は自分の興味に従って、ストッキングのもう片方にも同じくらい砂を入れてみた。「おい、見てみ」よいしょと持ち上げたストッキングは、巨大な、ゾウか何かのタマ袋のようで、私は素で笑っていた。ところが×造は、すっかり興冷めした様子で、「オレ帰るから」とニヤける私の前を立ち去ってしまった。
私は、何となくストッキングを地面に置きたくなくて、滑り台の上の方に引っ掛けてぶら下げてみた。今度は、左右に拡がったためか、いなかっぺ大将の涙に見えた。<ひとっつ人より力持ちーふたっつ古里後にしてー>鼻歌の最中、見知った人が通りかかったから軽く会釈したが、見て見ぬフリをされた。<花の東京でー腕試し…>
だからという訳ではないけど、拳に力を込めて、目の前にぶら下がるストッキングにパンチを入れた。その勢いで、もう片方のストッキングがグルリと弧を描き、私の頭上に落ちてきた。
「ぐえ」思わず両膝をついた私は、情けなくて、涙があふれて、泣きながら昔のことばかり思い返していた。


◆2007年度【 第2回 3D文章ゼミ  課題:ストッキング 】
課題の内容に沿って、本当(実際の体験や伝聞)と嘘(想像したこと考えたことなど)をミックスして、1400字以内の文章にまとめてください。

Posted by chitoku at 2007年09月06日 06:41 | トラックバック
コメント
コメントする









名前、アドレスを登録しますか?