2006年11月17日

迎え火の夜 〜 祖父のチョメゾウ(妄執の穴ぼこ石・初稿)

前の年のお盆は、祖父が入院で不在だった。庭仕事の最中、イラガの幼虫に刺されて脚立から転落、その時腕と胸部を骨折したからだ。当時小学校2年生の私は、祖父がいないなら行かない!と言って、盆の帰省に駄々を捏ねた。
柔道の師範代の資格を持っている筋骨頑強な祖父、頭頂が薄く側頭部に硬い白髪が多くあり、やや上向きに角が生えているように見えた祖父。私は「おじいちゃん子」だった。

次の年の盆に訪れた時、快復して少し太った祖父の腕に、虫刺されの痕にしては大きめのチョメゾウがあった。祖父は、刺された時のことを誇らしげに、小3になった私に語った。小3の私はただ、不気味な小さい火山のような、立派なチョメゾウを見つめていた。

迎え火を焚くと、亡くなった人々が家に帰ってくる。2日後の送り火で、また戻っていく。その年初めてそんな話を聞いて、なんとなく落ち着かなかった。迎え火を焚く夕刻まで、祖父を取り囲んでの親戚縁者ら身内の酒も居心地悪く、小3の私は一人で庭に遊びに出た。
祖父が刺されたという、柿の木でイラガの幼虫を発見した。柿の葉ごと毟り取って、庭を横切る敷石のひとつに乗せ、こぶし大の石を持ってコツコツとすりつぶした。虹色の体液は祖父のチョメゾウに詰まっている気がした。
玄関で人の声がしたので、潰したイラガの幼虫に砂をかけ、棘や毛が付着した石を植え込みの方に放り投げた。石は、柿の木に当たった。

ボト!
首筋に嫌な感触があって、鳥肌が立った。
「いてっ、いーっててて、いてててっ」首筋を掻き毟るようにイラガの幼虫を払ったが、手にもチクチクした痛みが走った。刺された首筋は、手の中で次第に腫れ上がり、悲鳴を上げながらその場にしゃがみ込んだ。
ボト ボトボト!
どこに隠れていたのか、この時を待っていたと言わんばかりに、数匹のイラガの幼虫が、次々と降ってきた。小3の私は、逃げようにも腰が立たず、全身刺されたような気がして、鳥肌甚だしく、声を上げて泣くより他なかった。
何を叫んでいただろう、とにかく精一杯の金切り声を上げていた。気がつくと、背中が激流に押され、周囲に水しぶきが飛んでいた。
小3の私は、驚いて首だけ後ろを向き、その光景に凍りついた。
そこには、夕日の逆光を受けた「幼虫怪獣イラガ星人」が、毒液のホースを持って仁王立ちしていたのである。

後で聞いた話によれば、このとき祖父が、別の用事で庭に出てきて、泣き喚いている小3の私を見つけた。祖父は、そこから少し先にある、とぐろを巻いた水撒き用ホースを手に取った。シャワーの口を「直流」にセットし、蛇口を全開にして、小3の私の背中めがけて放水した。
小3の私にたかっていたイラガの幼虫たちは、祖父の機転で散り散りに弾け飛んだ、らしい。

全身に毒液を浴びた小3の私は、にじり寄るイラガ星人に釘付けにされた。本当に恐かった。刺された痛みを忘れるほど恐かった。小3の私は「助けて」を繰り返すことしか出来なかった。
不意にイラガ星人手を捕まれ、ボリューム全開で「助けて」を連呼した時、パシンと頬を張られた。
「幼虫怪獣イラガ星人」と二重写しになった祖父が、顔を近づけた。小3の私は、わあっと抱きつき号泣したのであった。
祖父に手を引かれながら、小3の私は痛みを思い出して、首に手を当てながら考えた。
…おじいちゃん?イラガ星人?何してるの?どこ行くの?
恐怖感が和らいだ小3の私は、背後から見た祖父の頭部が、イラガの幼虫の毛だらけの角に似ているのだと判った。そして、祖父と同じようにイラガの幼虫に刺されたのが、少し愉快に感じられた。

両親と親戚一同に囲まれた小3の私は、悲鳴や喝采、笑い声や酒臭さを全身に浴び、刺された経緯を断片的に言葉にしてみたが、あれよこれよと周囲のされるがままになって、結局軟膏塗られてその上から氷嚢乗せられて、体のいい酒の肴に仕立て上げられた。

やがて陽が暮れ、親戚一同16人が庭に出て遅めの迎え火が始まった。
小さい子から一人づつ火を跨いで、二人目の時にいとこの叔母が小さい悲鳴を上げた。「毛虫!」地面にイラガの幼虫が残っていて、さっと周囲が丸く開けた。小3の私が歩み出て、器用に落ち葉に載せて植え込みのほうに放り投げた。
「さっすが、強いねえ!」「かーっこイイ!」親戚から野次が飛んだが、小3の私は意に介さず「お先に」と言って火を跨ぎ、祖父の隣に戻った。
一同の唖然とする視線に応えようと「だって俺と、」と言いかけたが止めて、祖父のチョメゾウを触り、祖父の頭部を見上げた。
…イラガ星人だぞ。しばらくしたら俺の首にもチョメゾウが出来るんだ。送り火のあと、おじいちゃんとイラガ星に行くんだ!
小3の私は、祖父の頭頂越しに、遥か彼方のイラガ星を探すのだった。

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村松恒平責任編集/ブログ文芸誌 『電気蚯蚓は宇宙を夢見る』参加作品として、文章学校「文章ゼミX」提出(2006.9.18)。3作目。

Posted by chitoku at 2006年11月17日 02:30 | トラックバック
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Posted by: 物書きネット at 2007年01月08日 13:20
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