小学校三年生のとき私が、白桃の空き缶で、洗濯用の粉石けんを水に溶いて、中にヤドカリを沈めて殺したのは本当のことだ。
当時小三の私は、両親と妹とN県の市営団地に住んでいて、ベランダでプラスチックの水槽に小さい亀を飼っていた。縁日の屋台から我が家に来て、多分半年以上経っていた。「亀は動物の中で一番長生きする」のだと教えられたのもその頃だったはずだ。
ある日その水槽に、ヤドカリが加わることになった。父方の親戚がお土産に持ってきた、小さな白いヤドカリ。頭やハサミに触ろうとすると、すぐ巻貝の中に隠れてしまってなかなか出てこないところは、亀とよく似ていた。だからなのか「仲良しこよしだねえ」などと、水槽を囲んで家族で笑っていた記憶もある。小三の私は、気が向けばベランダの、ドブ臭い水槽に顔を突っ込んで、誰かに呼ばれるまで、亀とヤドカリのちぐはぐな動きに見入っていたわけだ。
ところが数日後、当時小三の私には、生々しすぎる不幸が起こった。
ある朝、ベランダに出ていた母が、突拍子も無い大声をあげて、私と妹を呼んだ。ただならぬ気配に慌ててベランダに出ると、亀の頭が半分も無かった。
顔の無い首を引きつらせている亀。これ見よがしにハサミをかざすヤドカリ。
「ヤドカリだよ、ヤドカリがやっただよっ」と母が次々まくし立てていた。亀を指して「ほらっまだ生きてるよっ、可哀想に、頑張れ頑張れ」
確かに、赤々と頭部の切断面をさらした亀は、じわりじわりとどこかへ進もうとしているようだった。
「こいつだよっ、ふてぶてしいよっ、見てごらんっ」ヤドカリは、何事も無かったように、砂利の丘の一番高いところで、さきイカを口にしていた。
「かわいそう、がんばれがんばれ」と妹は母に同調していたけれども、早熟な小三の私は、興奮しつつもやや冷静に、水槽での惨劇を分析していた。
解釈に苦しんだのは、どうして亀は頭部が無いのに生きているのか、切れた部分が砂利や汚い水に触れたりしたら激痛ではないのか、という瀕死の亀の不思議。それから、なぜヤドカリは亀の頭をちょん切ったのか、切り落とした頭が見当たらないのは喰ったからか、そもそもヤドカリは亀を喰う生き物だったか、という悪玉ヤドカリの理不尽。
そうやって、ベランダで大騒ぎしていたのだが、「学校行かんかあ!ばばあ亀なぞ捨てて来い!」という鶴の一声で、その日の亀とヤドカリは、そのままベランダに捨て置かれたのであった。
その後、亀は2・3日生きていたと記憶しているが、詳細定かではない。当時小三の私は、相変わらず水槽に顔を突っ込んで、亀の頭部の切断面や魔性のヤドカリに見入っていたと思うが、ヤドカリに対する殺意というのは全く記憶に無いのである。
但し、悪いやつだとは思ったし、ヤドカリは私によって懲らしめられるべきだと考えていたと思う。「悪者は許さん」というようなヒロイズムだったろうか。
物言わぬ、痛々しき亀に成り代わりて、ヤドカリに制裁を加えるべし!?
そんな、若気の至り。小学校三年生の殺生の動機。
…
◆第2回 3D文章塾(略称ゼミ)
◆課題「殺す」
課題の内容に沿って、本当のことの中に1カ所だけ嘘を入れて、1400字以内の文章にまとめてください。
>たまらないー。
あ有難うございます。。。
次回テーマ…まだ何も…頑なに書かず嫌いだったので、ソレ。
まあ、お楽しみに。
こっそり歓迎、隠居はまだです、さかいさん!
chitokuさんのひねくれ具合?が
たまらないー。
次回テーマの作品が楽しみです。
こっそり読むのがたまりません(隠居ババアの気持ち)