土曜日の午後、校庭の隅で、野良猫が身体を休めていた。長閑な野良猫の午睡。野良猫の身体には、蟻が数匹と蠅が一匹たかっていた。
数匹の蟻は、それぞれ勢いに任せて、闇雲に這い回っているように見えた。蠅は、少し飛んで戻り、また少し飛んでは戻り、少しづつ野良猫の頭部に移動していた。
蠅が野良猫の鼻先にとまった時、野良猫は閉じていた瞼を開き、尖った耳を立てた。蠅はすぐに気がついて、今度は悠々と、空高く、校庭に向かって飛び去った。しばらく蠅を目で追っていた野良猫は、気だるそうに立ち上がり、校庭へ向かって歩き出した。
野良猫の身体を這い回っていた数匹の蟻は、こぞって野良猫から飛び降り、あるいはふるい落とされた。野良猫は、校庭の中央辺りで立ち止まり、少しヒゲを弄んで、急に校庭の出口を目指して全速力で駆けていった。
その弾みで、最後までしがみついていた一匹の蟻がついに落ち、校庭に取り残されたのである。
蟻にとって中学校の校庭は、果てしない砂漠であり、途方に暮れるしかない荒野であった。
蟻は、全精力をもって、非常事態に対応した。風の向き、太陽光の当たり具合、地面の傾斜、空気の温度と湿度、匂い…
元居た場所をおぼろげながらも感知した蟻は、然るべき方向に進んだ。蟻本人が自覚していたかどうか分からないが、速度において4日を要し、体力において不可能な距離であった。方角は当たっていたのに。
蟻は、方向を感知する集中力を持続させ、猛然と進んだ。時折やわらかな、蟻にとっては突風に「ふわり」と飛ばされもした。そして、蟻を取り巻く砂埃の光景は、全く変化しなかった。
夕刻になると、蟻の体力は消耗甚だしく、度々方向を誤り、遅々として進まなかった。今まさに、本能に基づく蟻の行動が、終焉を迎えようとしていたのだ。
蟻は、何も考えなかったし、何も感じなくなっていた。そのまま校庭の砂埃として、消え入るかのようだった。
ちょうどその時、自転車に乗った中学生の一群が、校庭中央を横切ろうとしていた。
精魂尽き果てつつあった蟻が、砂塵を巻き上げて近づく、その一群を感知したのは、遭遇のほんの一瞬前であった。それは「何かが迫っているような気がした」程度であった。
自転車の一群は、蟻の生命とは全く無関係であるかのように、颯爽と蟻の居た地点を走り去った。
その直後、そこで奮闘していた蟻の姿は、既に無かった。
蟻は、確実に自転車の一群中の一台に轢かれたが、上手い具合にタイヤの溝に挟まったのである。右前足以外の全足と左の触角は、溝に納まり切らず潰されてしまったけれども、その傷口が滑り止めとなり、胴体は見事に納まっていた。
瀕死の消耗状態であった一匹の蟻は、自転車のタイヤとともに回転し続けた。
蟻にとって極めて特殊な未知の速度で、上昇、長いトンネル、下降、地面と圧迫、それらが次々繰り返された。更には遠心力、蟻にとっては見えない力で、タイヤから引っ張り出されそうになりながら、目にも止まらぬ周囲の変化や、動けない自身の境遇を受け入れていた。
未だ嘗て体験はもちろん、想像さえしたことの無い恐怖であるはずの遭難に際し、蟻は何も考えなかった。むしろ、自身を完全に放棄することで、蟻としては贅沢な恍惚を得たのである。
「ぐるううん、ぐるううん、アハハハ」
masatomoさま、コメント有り難うございます。
>がっつり行の詰まった
ハハハ!有り難うございます。嬉しいお言葉。
今後も文字いっぱいの地下城を宜しくお願いします。
こんにちは。
リストありがとうございます。
寝付かれないこの夜。
がっつり行の詰まった貴サイトのくださるエネルギーに、
安心の為の情熱を抱いて布団にはいれそうです。
これからもよろしくお願いします♪
Posted by: masatomo at 2004年05月13日 03:07