2004年01月14日

市営団地、逃げる母親の暗喩

気になって仕方なかった
父親の顔が、どんな恐ろしい表情だったか
胸騒ぎするほど気になって
母親を忘れるくらい

俺は何度も母親を呼んでいたけれども、母親はちっとも振り向かなかった
俺はとにかく走って母親を追ったけれども、その差は少しも縮まらなかった
ただ黙々と、規則正しく自転車を漕いでいた、母親の後ろ姿
表情は全く分からない
自転車で走り去る、母親の後ろ姿!

俺には分かっていた
「あっちにいるぞ」の声のこと
「あっち」がどこのことかも、誰がいるのかも
父親の声か誰の声か、少しも気にならなかった。

俺は思わず顔を背けて走り去った
父親の顔が見えそうになった瞬間
急に俺の心臓の音を聞いて
父親は、その顔を上げようとしたのだ

恐いから、きっと物凄く恐い顔をしているから
洗濯機から顔を上げて欲しくなかったのだ
市営団地の、ある棟の階段で、俺は動けなくなっていた
父親の顔を思い出せなかった
洗濯機に首を突っ込んで、何かを探しているようだった
父親の後ろ姿!

俺は母親の姿を探し、呼んでいた
知っている道は、すべて歩いた
妹の手を離さなかった
心細くて、止まるのが恐かった
何にも悪いこと、してないのに!

母親の顔は、出てこない
いろいろな知っている人の顔が後から後へと思い浮かんだ
それなのに、ちっとも名前が出てこない
母親は顔も名前も、出てこない

市営団地とくもり空は重く、道行く人は疎らで
「妹はどうすりゃいいんだ」
名前をなくしてしまいそうな不安が
「会えなくなるかも知れない」
妹の手を引きながら、懸命に歩いていた
なにしろ俺は、半分泣きながら、母親を呼んでいたのだ

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道場=空中庭園 第III期 2003/11/08 投稿作品
■道場でコメント頂いたとおり、「詩」じゃないかも。

Posted by chitoku at 2004年01月14日 12:30 | トラックバック
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