少し違和感を感じるようになった。
「言葉の定義」という言い方。
物や事柄を定義する手段・道具が言葉ではないのか?
ある文脈で、曖昧な言葉を定義したところで、その定義はその文脈でのみ有効なものだから、他の文脈で全く違う定義を用いることも可能なわけだ。
異なる意味・内容を表す文脈で、定義をいちいち変えながら同じ言葉を用いなければならないのは、それぞれの文脈にふさわしい、適切な言葉が無いからに他ならない。
何故無いのか?誰も創らなかったから。
1、文学の原点とは、言葉の創造であると思うのです。
2、文学とは、母国語による、読み書きレベルでの、表現の創造であると思うのです。
ここで言う「文学」とは…みたいな言い方も疑問です。
今、文学と呼ばれる一連の事柄について、私の捉え方を述べた、これも良くない。
1も2も、chitokuの持論です。
chitokuの持論として、「文学」に代わる新しい言葉を創造することが出来たなら!