――開けた草原第9期作品集 第7回 通算番号84番――
「ママのおっきいお父さんの受難」
chitoku 作
「キャロル・グスタフっていうシリーズでね、『戦士…茜』がいいですよ。ウチの孫も相当気に入ってて・・・」
今年のクリスマスは、同僚に言われるまま、『戦士…茜』という人形を買った。同僚は「フィギアです、フィギア!」と強調していた。
同僚と言っても、彼は来年3月で退職し、関係会社の役員ポストだ。私は彼より若くはないが、定年を過ぎても「顧問」の名で在籍していた。
今2歳半の孫娘は、やっと喋れるようになって、テレビマンガのキャラクター商品をやたらと欲しがっていた。食事中にテレビを見せるべきではないという私の方針からして、そういったキャラクター商品を買い与えることは避けたかった。その同僚によると、「キャロル・グスタフ『戦士…茜』」は口コミで広まった物語のキャラクターで、テレビマンガとは全然違うものらしかった。
どうせ私には分からないし、孫の喜ぶなら何でも良いのだ。私と同じく、小さい孫が可愛くて仕方が無い同僚が言うのだから、分からない私の頭で選ぶより、幾分か的を得ているのだろう。
デパートからの帰り道では、自然と去年、一昨年のクリスマスが思い出された。
一昨年は、孫娘がまだ赤ん坊で、娘夫婦もそれらしいことはしなかった。しかし、お金を包むのも不自然に思え、少し早いと思ったが、ガラスケースに入った初節句用の人形を贈った。ところが、その初節句の折には、旦那の方のご両親から、七段雛飾りをもらったらしく、私の人形はその隣に飾られてはいたものの、いかにも寂しそうであった。
去年は一昨年の失敗を踏まえて、クリスマスケーキを買った。毎年、盆は我が家、正月はご主人の実家、クリスマスは両家が狭い娘夫婦のマンションに顔を出す。一昨年のクリスマスには、孫が赤ん坊ということもあって、クリスマスケーキは娘夫婦の用意した小さいものだけだった。孫も1歳半になれば、ケーキぐらい食べるだろうと、特大のケーキを買ったのだ。
ところが、ご主人のご実家も考えは同じであったらしく、「これは、これは」と笑い合ったが、内心穏やかではない。いざ蓋を開けてみると、ご主人側のケーキは、それほど大きい物ではないが、純白の生クリームとシンプルなデザインがいかにも美しい。それに比べて、私の用意した大きなケーキは、全体をチョコレートで包み、その上に薄黄色のバタークリームが塗りつけられ、派手なデコレーションの合間にプラスチックの人形や木や鈴が飾られていた。買うときには、その賑やかな飾りで孫娘が喜ぶだろうと思えたのであるが、ご主人側のそれと比べると、いかにも品がなかった。
孫さえ喜んで食べてくれたなら、気落ちすることもなかったが、バタークリームが口に会わなかったらしく、孫娘は生クリームのケーキしか食べなかった。「こっちもおいしいのに」と、娘夫婦やご主人家の老夫妻は私の用意したケーキを食べてくれたが、気を使われれば使われるほど惨めであった。
ところで今年、ご主人のご両親は、去年同様のケーキを買ってくるものと睨んでいた。なぜなら単純に、昨年孫に好評だったからだ。別に勝負しようという訳ではない、孫娘が喜んでくれればそりでいい。ただ、私が失敗すると、娘にも申し訳ないので、一応は色々と考えるのである。今年は「キャロル・グスタフ『戦士…茜』」、デパートでは良く見なかったが、子供が好きそうなネーミングである。不思議と楽しいクリスマスになりそうな予感がしていた。
娘夫婦のマンションでは、お二方とも既にご隠居の、ご主人のご両親が先に来ていた。型通りの挨拶を終えリビングに通されると、孫娘が挨拶に来た。
「…マエカヨ!オマエカヨ!」
何を言っているのか分からなかったが、とにかく笑顔で迎えられ、私も顔が緩んだ。そこに母親である私の娘が来て、孫を嗜めた。
「こら、ママのおっきいお父さんでしょ!もう。さ、座って座って。」
テーブルには、大皿のサラダや煮物や鳥のもも肉が、所狭しと乗っていた。ケーキはどこかと、さりげなく周囲を捜していると、「はーい、お待ちかねー」と言いながら、テーブルの中央が拡げられ、純白のクリスマスケーキが運ばれてきた。
「去年、好評だったものですから。」
的中である。私は満面の笑みで、ご主人のご両親夫婦に合槌を打った。
早速切って皆に配られ、私は今までに無いほどの楽しい気分で、皆もそれぞれにこやかに、クリスマスの食事が始まった。
「はい、プレゼント」
ご主人家の老夫妻が、突然包みを出して孫に渡した。これは迂闊であった。本来クリスマスの贈り物は、サンタクロースが寝床にそっと置くものであるから、クリスマスイブの晩に直接手渡す場合、そのタイミングが難しい。私は、あれこれ思案しながら様子を伺っている状態だったので、言わば出し抜かれたような気がしたのだ。
孫が、母親に手伝ってもらいながら包みを開けると、可愛らしい洋服が数着出てきた。
洋服!私は独り、勝ちを確信したのだ。なぜなら、洋服の贈り物など、親しか喜ばないからだ。案の状、私の娘は大いに喜んでいるが、孫はその喜ぶ母親に同調しているものの、みずから洋服には手を出そうとしない。サイズも恐らくは、やや大きめのものを選んだはずで、すぐには着れまい。やはり私は、満面の笑みをもって、老夫妻の心配りを歓迎出来たのである。
「そんな可愛いお洋服じゃ無いんだけど、ママのおっきいお父さんもね、プレゼントあるんだよ。」
私は、余裕と自信をふくみつつ、孫娘にリボンのついた箱を手渡した。包みは乱暴に、けれども嬉々として開封され、『戦士…茜』の化粧箱があらわになった。緊張の一瞬。
「オニンギョ!」
そう言って、孫はふたを開け、『戦士…茜』を引っ張り出した。私も始めて見る『戦士…茜』のフィギアは、やはり人形と呼ぶにはあまりにもリアルで、私自身笑顔が硬くなってしまった。
大きいけれども暗い目はどこまでも暗く、顔のところどころに小さいながらも綺麗な傷跡を施され、百姓のような服装からは痛々しいほどの悲壮感が漂っていた。
よく考えてみると、同僚の孫は3歳を過ぎた男の子だった気がした。失敗か!?思わず孫の顔を見ると、ちょうど目が合った。
「カッコイー!」
孫娘は、最高の笑顔で私を、私のプレゼントを受け入れてくれたのであった。至福のひと時であった。
ようやく他の皆も、固まっていた口を開き始めた。
「素敵なお人形さんねえ!」「見事な作りこみですなあ。」云々。
私は、喜ぶ孫の顔だけ見ていたかった。勝ち負けの問題ではなかったが、それでも私は私の勝利を祝いたかった。ポケットからカメラを取り出し、孫娘の笑顔を写真に収めようとした。そのとき義理の息子、孫の父親が『戦士…茜』の取扱説明書を見ながら、孫に言った。
「腕がクリムゾンローズ?なんだって。右手に何か付いてるか?」
孫娘は、『戦士…茜』の右腕を引っ張った。すぽ。
「ぎゃっ」「ええ?」「危ない!」「何コレー!」
…私は、またしても失敗したのである。
『戦士…茜』の右腕は万年筆のキャップのように抜き取られ、中には真紅の刃が収まっていた。
その肘の辺りから、妖しく光る鋭利な刃物が、孫娘の目の前で輝いたのであった。
「コレカヨ!」
初出 15年 11月 28日
「リレーオムニバスサークルサイト・開けた草原」参加作品
■前回の作品から何か一つモチーフを取るオムニバス■
■前作と違うジャンルで構わない
詳細、前後作品はこちら…