2003年11月23日

イラ研VSラグビー部の火種・LONG

◆第十一回 文章研究会(ゼミ・11月28日)提出原稿のロングバージョンです。
ゼミ原稿は35字50行なので、半分近く削って提出。2003年11月24日から、次期企画の関係で、ゼミ原稿が一般公開されます。それに先立って、言い訳がましくも、削る前のMAX原稿を掲載するのです。

『イラ研VSラグビー部の火種』
鉄製のドアがいくつも並んだ、モルタルの長屋が二列、同じ大きな屋根の下に向かい合っている。それが学園の部室棟で、間のトンネル部分が以外と明るいのは、屋根の場違いなステンドグラスのおかげであろう。

ラグビー部の部室は、校舎側から見て一番手前にあった。学園のラグビー部には、もう何年も前から正式なコーチがいない。代々、上級生から下級生へ伝えられることが、ルール及び技術指導のすべてだ。顧問教諭は、国語科の老教諭で、公式の試合には顔を出すが、ラグビーを知らない。だから、『聖野薔薇ヶ丘学園』ラグビー部は弱かった。それでも
部員達は、毎日練習していたし、試合で負ければ泣いていた。また、ガラの悪い新入生は、たいてい応援団かラグビー部に引き抜かれていたので、新入部員数は毎年潤沢、弱くても大所帯だ。
夕方のラグビー部部室前は、通り抜けできないほど、一年生がしゃがみ込んでいる。部室は4メートル四方程度の箱部屋で、入室は2・3年生にしか許されないからだ。
向かいの部室は、イラスト・漫画研究部が利用していて、ラグビー部の部員達は、大いに気を使わなければならなかった。

イラスト・漫画研究部、通称イラ研の部員数は毎年6名前後だったが、教職員内の実力者、生徒指導主任がここ数年、文化部顧問兼イラ研顧問で、部の存続は確約されていた。また、たいていの生徒が丈を加工したズボンやスカート、短ランや色の濃い下着を着用していたのに対して、イラ研の部員たちが常に、学園にとって好ましい服装、ないし頭髪であったことも、部の教職員受けを助長していたのだろう。主な活動は、春のバザーと秋の文化祭での、オリジナル冊子販売と作品展示だ。
その、春のバザーの準備が始まり、学園が若干賑やかになる頃、ラグビー部顧問の老教諭に、一人の教育実習生が指導を受けることになった。例によって教育実習生は、実習期間中の放課後、指導教諭が顧問をしているラグビー部の面倒を見るよう言いつけられた。
「いや、何もしなくていいから。話し相手になってやってください。」

教育実習の3日目は、朝から雨が降り続いていた。その日の放課後、グラウンドを走っているのはラグビー部だけだった。前日まで極めて忙しく、ラグビー部に顔を出せなかった教育実習生は、今日こそと傘を差し、じっと彼らを待っていた。
練習はきっかり2時間続き、暗闇の中を、ずぶ濡れの猛者達が引き上げてきた。教育実習生は、部室棟のグラウンド側入口で彼らを迎えた。
「お疲れ様あ!」「どうも。」
最初に引き上げてきた2・3年生は、その教育実習生を知らなかったし、そもそも興味は無い。彼は出鼻をくじかれたが、スパイクを鳴らして部室棟のトンネルを歩いていく、濡れた猛者達の後ろ姿に呆然と見惚れていた。
1年生は、ボールやサンドバッグの片づけで、まだグラウンドにいた。へこんだ教育実習生は、部室棟のトンネルをラグビー部部室前へ辿った。2・3年生のいる部室のドアの前に来たが、その扉を開くには、教育実習生は小心すぎた。躊躇していると、イラ研の女子部員が声を掛けた。
「こんばんわあ」
教育実習生の、へどもどした対応を面白がって、更に2人のイラ研女子部員が出てきて、教育実習生はすっかり調子に乗ってしまった。
「部室の前が、いっつも汚いんですう」「ウン、そうらしいよねえ」

まもなく、ガチャガチャ、ガチャガチャと、部室棟のトンネルにスパイクの音が響いた。ボール籠やサンドバッグを引きずって、1年生が部室前に集まってきたのだ。イラ研部員達は、急に興味を失ったかのように、そそくさと部室に消えた。すかさず教育実習生は声を掛けた。
「お疲れ様あ!」「どうも。」
湯気を立てた1年生達は、黙々とボール磨きを始めた。単なる気まずさではない、漠然とした圧迫と、イラ研部員の視線を勝手に感じ、教育実習生は喋りだした。
「大変だよねえ、ウン。僕は帰宅部だったから分からないけど、ハハハ!あ、彼女とかいる?それどころじゃないか。けっこうモテるでしょ、ラグビーやってると。」
どうしようもない空回りの、一人芝居であった。

教育実習生が居心地悪そうに立っていると、「ドン」と固い物が背中に当たった。向かいの部室、イラ研の女子部員がドアを開けたのだった。
「すいませーん、邪魔なんですけどお」「イテ、ウン、ゴメン、ジャマ?」
これには、ラグビー部1年生達も反応した。
「ぷぷっ、あいつバカだ」
なるほど、彼らは上手に、イラ研ドア前を避けて座り込んでいた。
「イラ研、敵に回すなよお」「生活指導がバックにいるし!」「ギャハハ!」
彼らからの野次は、教育実習生にとって、待ちに待ったチャンスであった。
「あ、だから君等の部室狭いのか。イラ研顧問の生活指導主任に睨まれて!」
「なに?イラ研広いの?」
ラグビー部1年生達の目が、一斉にイラ研の隣、今まで気にもしなかった閉め切りの扉に向けられた。部員の一人がそのドアをノックしたが何事も無く、今度は何度も蹴飛ばした。すると、再びイラ研の扉が開いて、上級生らしき男子部員がラグビー部を一瞥し、憮然と黙ったまま中に戻った。
「ハハハ、中で繋がってるから。ウン。君等の倍だね。イラ研って6人だっけ」
数秒間、部室棟は静まり返った。「カチン」とどこかで音がした。着火。
<なんだあそりゃあ!><聞いてねえ!><どおなってんだあ!><知らんかったあ!><こっち20人じゃあ!><うがああ!><ふざけやがあ!><てめえ!><おおお!ウッ、クク><冗談じゃねえぞお!><きゃいーん>

彼らの阿鼻叫喚は、屋根のステンドグラスが抜け落ちるほど響き渡った。
事態を重く見た教育実習生は、「そうだあ」とか「おりゃあ」とか叫びながら、騒ぎに紛れて走り去った。
かくして、場違いな教育実習生こと私が、イラ研VSラグビー部の火種を作ったのである。

Posted by chitoku at 2003年11月23日 12:52 | トラックバック
コメント
コメントする









名前、アドレスを登録しますか?