2003年00月00日

「くさはら」第7期参加作品

――開けた草原第7期作品集 第5回 通算番号64番―― 

いちご白書をもう一度
                                取材・文 ちとく


取材をしたのは都内某所、ビル内の貸会議室。週に一度、十数名からなる団体が、その一室を借りている。
団体の名を「ばんばひろふみ依存症を克服する会」という。

同会は、本人自身依存症であるという、医師の呼び掛けに端を発し、同依存症の患者たちが自主的に活動、運営している。
ばんばひろふみ依存症は、文字通り「ばんばひろふみ」無しでは生きられない人々の、
症状の総称である。単なる「ばんばひろふみ好き」ならば問題にはならないが、同依存症が発症し、家族を巻き込んだ悲劇が、少なからず報告されているのだ。自殺や犯罪につながる、深刻な場合もある。
症状や程度は各人様々で、例えばある患者は、ばんばひろふみがヒポポタマス星人だと思い込み、自分もUFOに乗ってヒポポタマス星に行くのだと、路上で「SACHIKO」や「速達」を流しながらUFOを呼びつづける。またある患者は、発する言葉の全てがばんばひろふみの歌詞になってしまうので、普通の会話が出来ず、職を失い、家族との接触も避けて、自分の部屋に閉じ籠もってしまった。またある患者は、顔がばんばひろふみに変わり果て、またある患者は、局部がばんばひろふみに変わり果て・・・。
以上はいずれも特異な例だが、全ての患者に共通した症状はもちろん、24時間ばんばひろふみの曲を聴いていなければ、落ち着かず、苛立って、さらには凶暴になる、泣きじゃくる、幻視幻聴など、聴いていなければ生きられないという、決定的な中毒症状なのだ。
さて、会議室に集まった十数名、少女から中年紳士まで、性別、年齢、職業、ほぼバラバラである。進行役のスタッフが簡単な挨拶をして、取材当日の会合が始まった。会合のスタイルは、一人づつ順番に、前回の会合から一週間の出来事を述べるというシンプルなもの。当然、ばんばひろふみ依存症を克服するため、どのような努力をし、その結果どうだったかが語られる。一人か終ると、聞いている他の患者は、意見があれば挙手して述べ、そうでなければ拍手をもって承認、賛同の意を表す。
そしてこの日は、ヨーコさんという新会員が参加していた。新会員は初日に、「ファースト・バンバン」の体験を語らなければならない。
「ファースト・バンバン」とは、その後の依存症を決定づける、極めて特異な、しかし全ての同依存症患者が体験する、ばんばひろふみとの霊的邂逅であるという。その驚くべき体験を紹介して、本レポートの締めくくりとしたい。

「(前半省略) 多分、本気で行きたいと思う場所を見失っていたんだと思います。お酒もセックスもマリファナもスピードも、わたしの願望を満たしてくれるものではありませんでした。わたしの行きたい場所はどこなのか、どうすれば見つけられるのか、自分で考えるしかありません。
そして、無い知恵をしぼって思いついたことが、<音で飛ぶ試み>でした。皮肉にも、わたしの大好きな【いちご白書をもういちど】を聴く為に買った、大音量ステレオスピーカーが役に立ちました。思い立った日の翌日、平日だったと思いますが、湖畔のバンガローを借りて、ふうふう言いながら、ステレオセットを運び込みました。
そして、マイクをセットしてあーとかテストしました。感度良好で、すごくドキドキしました。そのままどんどん音量を上げて、ザーとか聞こえだしたら息も止めて、最大になる少し前からキーンて鳴りだして、思い切って「わっ」て声出したら頭にガーンてきて、仰向けにひっくりかえってしまったんです。
(しばし沈黙)しばらく余韻が続いていましたが、音はしていませんでした。痺れるような振動と、イコライザーの動きで、電源が落ちていないことは分かりました。でも余韻は次第に薄れ、無音であることを悟りました。自身の衣擦れや呼吸さえも聞こえませんでした。音も無く動き続ける心臓の鼓動も、自分の体のことだと思えませんでした。
その時、耳の中を流れるものを感じて手を当ててみたんです。見ると手は、真っ赤なばんばひろふみで汚れていたんです。」


初出 14年 08月 24日

「リレーオムニバスサークルサイト・開けた草原」参加作品

■前回の作品から何か一つモチーフを取るオムニバス■
■前作と違うジャンルで構わない
詳細、前後作品はこちら…

Posted by chitoku at 2003年00月00日 00:00 | トラックバック
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