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詩歌の最近のブログ記事

こまごもり

| | コメント(1)

いつか私は、知らない場所を歩くのだった。
目にするのは、全く記憶に無いものばかりだ。
今も、まるで見たことの無い、深くて暗い、公園の噴水くらいの大きさの、眠ったような窪地の前で立ち往生している。
そこで、迂回しても、飛び込んでも、あるいは立ち小便とか、埋め立てとか、一切は自由なのだった。
辺りに散らばって私を見ている、ぼんやりした人たち。
見たことのない周囲の建物。
見たことのない電柱。
全く記憶にない看板や鳥や空までも、私を見ているだろうか。
考えあぐねて私は、後ろにいる、おじいちゃんの上半身に聞いた。
この窪地に呼び名はありますか。
こまごもりだよ。
ふうん。
私はおじいちゃんを踏み台にして、くもり空に向かって、高々と舞い上がる。
離れて見るこまごもりは、暖かくてやわらかいのだ。
人々や建物たちは、一様に肩を震わせていた。
こらえながら笑っているのだった。
こまごもりは、恥ずかしがるように広がり、ネオンライトのように色をいくつも変えながら、こんもりと盛りあがるのだった。
私は、盛りあがるこまごもりに向かって落下する。
ところが、こまごもりも同じ速さで落下しているらしく、私はいつまでたっても、受け入れられないのだった。
こまごもりを知っているのに。
 
 

親を恥じる心

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親を恥じる心。
親の体臭を厭う心。
親を見下す心、蔑む心、憐れむ心。
その心はやがて、
親の心をゆがめ、ねじ曲げ、こわばらせ、
おはようの挨拶さえ、
噛み合わず、ぎこちなく、
食卓に会話なく、日常に軽口なく、
親を恥じる心なきあとも、
楽しき団欒の戻ることなし。
正直な心は親を恥じ、家族を失う。
 
 
 
※旧地下城から転載。
2002年5月20日の創作です。家族!かぞく、カゾク...過俗?たかが家族、されど家族!生涯テーマのひとつです。

げんこつ

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俺のげんこつは、いかつくて、怒ったように角張っている。
お前にげんこつを作らせたら、親指が中に入っていて丸く、下唇を噛んで恥ずかしがっている子供のように見えた。
俺はお前のげんこつになりたい。
 
 
 
※旧地下城から転載。
2001年12月27日の創作です。こういうのを上手に朗読出来ると良いのですが。

人民帽

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一人路上の喧燥を離れ 、乱立するビルの屋上に出る。
歩行者天国に凝集している、黒い、 砂鉄玩具のような人間の頭。
秩序なく広がる頭の群れは、 同じく広がる建造物と溶け合う。

風に煽られ、天を見るとき、
自転車に乗り、
人民帽をかぶり、
押し寄せる、灰色の、
灰色の大群衆を夢想する。
「一人位殺したって、分かりゃしない。」
蟻一匹殺すのとどこが変わる? 命の重さ?何のことだ?

よく晴れた「気持ちの良い」空に腹を立て、 もう一度下界を見下ろすが、
雑多な黒い頭が、激しく脈を打つ、 人民帽が消えない。
何なら、飛び降りてみようか?
 
 
 
※旧地下城から転載。
これも2000年かそれより前の創作です。

春の歌と天井の歌

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  無題
ぬれまいと思うや花のいぢらしきしたたる露の宵の春雨

  無題
天井を見る
天井を見る
寝転んで
生活の大海原に
寝転んで


※旧地下城から転載。
2000年かそれより前の創作で、詩歌らしいものを書いた最初です。「宵の春雨」の方は、ずっと後になって掌編小説に挿入したりして。↓
2006年04月23日__春 ~ 在りし日の詩人に捧ぐパロディ 『火星パンダちとく文学』所収

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プロフィール

■chitoku(ちとく) 1969年山梨県生。様々な業態、職種で会社員として勤務する傍ら、『文芸山脈』同人を経て「村松恒平 文章学校」の案内係としてメルマガ編集・発行及び「文章ゼミ」運営に参加する。「文集 地下城」は詩歌を含む習作掲載サイト。2009年4月、同門の上野家ぱん駄、火星紳士との合体作品集『火星パンダちとく文学』で掌編小説作家としてデビュー。

火星パンダちとくのちとくです。

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