表現とその内容について
私が文章表現を欲するのは、他人に伝えたいことがあるからではない、という気がする。たいていのことは、話せば済む。
当然、文章というのは、個人にとって読むことが先行して、一通りスタイル等を踏まえてから書く。私が文章表現を欲するのは、いくつかの優れた文章を読み、同程度のもしくはさらに上等の文章を書きたいと欲したからだという気がするのだ。
汎用的な散文では明確にならないかも知れないが、例えば詩を書きたいと思う動機は、伝えたい内容が先行しているとは考えられない。かつて詩という表現を体験し、その形式の美しさに惹かれたからに他ならない。五七五という形式だって、読んだことがなければ誰が書くものか!
今までいろんな文章表現をしたが、作文の宿題や論文のテストなど、読んだこと学んだことを書けと言われたから書いたまで、話せと言われたら話したに違いない。あるいは年賀状、そういう風習がなければ、もしくは葉書という表現手段がなければ、きっと書かなかった。
自発的な文章表現で、内容が先行するものなんて殆ど無いと思う。喜怒哀楽を表現するのに、文章表現は必ずしも必要・最適ではないのだ。ある種の学術的研究的報告だって、論文でなければならないわけではなく、実験と会話と数式と分類表の類などで可能だ。
最初に「文章表現」をしたのは、いつ誰であるか、皆目見当がつかないけれども、恐らく効率的、経済的必要によって発明されたのだろう。そういう意味では、個人の自発的な文章表現など、極めて非経済的である。だから貴族の贅沢な遊びの中で、複雑化して工夫され洗練され発展したのだ。

例えば、上手い言い回しを聞いて、あるいは読んで、使ってみたいと思わないだろうか?
また、テレビやドラマなどで、名台詞、またはギャグ(オチ)をどこかで使っていないだろうか?
「お前はもう死んでいる」でもいいし、「そんな殺生な(古)」でもいい、子供の頃、そういう「言ってみたい言葉」を言いたいがために、そういう場や状況を待ち望んで、もしくは積極的にそういう場や状況に周囲を導こうと努力したことが?...私はたくさんあったのです。

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文集 地下城<第五版>と言うBlogを見た。このBlogのエントリーに自分のBlogを作った時に考えていた事に近い事が書いてあって共感した。 続きを読む

コメント(1)

こんにちわ。
chitokuさんのMylistにいれてくださって有難うございます。ちょっと殴り込みします!

ブログは楽ですね。ずっとHTMLページをタグで作っていましたが、MyProfileに引越してから馬鹿馬鹿しくなっていしまいました。文章がたくさん書けます。

私にとって日記や短歌を書くことは食事と同じ日常です。文章がなければ私も存在しません。

写真と同じように情景が浮かび、風の冷たさが感じられ、梅の香りがしてきて、身近な人の暖かさや悲しみやが伝わる文を書きたいです。
そして、読み返して昔の自分をいとしく思えるように、素直に思った事を書いています。

内向的な楽しみですけど、ブログ機能のおかげで同じように感じる見知らぬ方たちと密かに繋がるようで、これも嬉しいです。

長くなってごめんなさい。

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プロフィール

■chitoku(ちとく) 1969年山梨県生。様々な業態、職種で会社員として勤務する傍ら、『文芸山脈』同人を経て「村松恒平 文章学校」の案内係としてメルマガ編集・発行及び「文章ゼミ」運営に参加する。「文集 地下城」は詩歌を含む習作掲載サイト。2009年4月、同門の上野家ぱん駄、火星紳士との合体作品集『火星パンダちとく文学』で掌編小説作家としてデビュー。

火星パンダちとくのちとくです。

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