「名前」について

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「小説」を書いてみたいと思ったときから、未だに解決出来ないモヤモヤ?のひとつが「名前」である。
登場人物の名前を任意に決めることに、私には大きな抵抗がある。いかにも恥ずかしくて、勝手な苗字と名前を付けることが出来ない。
タカハシケンイチ?ヤマモトサエコ?ああ、ここに書いてみるだけでも、恥ずかしくて赤面する。既知の誰かの名を借りると、その人物の顔、性格、体つき、かつての接触など、たちどころに思い起こされ、物語の人物と名前を借りた人物が重なってしまう。
読者には分かり得ないことだけれども、作者としては、その本人乃至身近な誰彼からの、興味本位な質問攻めを予想して、余計な根回し的、あるいは言い訳的描写にならざるを得ない。曰く「お前さん、彼女のこと、そう見てたの。」あるいは「僕のことをそんな風に捉えていたとはね。」等々。
全く知らない人物の名を、例えば電話帳などから引いたとしても、今度はその名前を選んだ根拠のなさに困惑するのだ。タカハシ?ヤマモト?なぜスズキじゃないのか?ワタナベだといけないのか?等々。
多少、潔癖症的ではあるかも知れない。しかし、適当な名前を付けたところで、私のモヤモヤは、決して解消しないのだ。
実をいうと私は、読者における固着した名前のイメージが、登場人物のイメージに少なからず重なってしまうことを、私の読書経験から知っているのだ。
では、名前を一から捏造したらどうか?これもダメなのだ。
奇を衒えばギャグマンガになるし、リアリティを追求すれば、根拠付けが難しい。そもそも根拠あっての名前のはずだか、創作による登場人物のイメージを根拠に、タカハシとかヤマモトという名前が出るか?
もし一般的な人名が浮かんだとしたら、無意識であるにせよ、既知の誰彼からの借り物だとしか思えない。純粋に、実在しない物語中の人物名をそのイメージから創り上げたなら、きっとそれもマンガなのだと思う。
私の「×造(チョメゾー)」および「×子(チョメコ)」は、そういった意味で、苦肉の策であると同時に、私のモヤモヤ解決のための、真剣な取り組みでもあったのだ。

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プロフィール

■chitoku(ちとく) 1969年山梨県生。様々な業態、職種で会社員として勤務する傍ら、『文芸山脈』同人を経て「村松恒平 文章学校」の案内係としてメルマガ編集・発行及び「文章ゼミ」運営に参加する。「文集 地下城」は詩歌を含む習作掲載サイト。2009年4月、同門の上野家ぱん駄、火星紳士との合体作品集『火星パンダちとく文学』で掌編小説作家としてデビュー。

火星パンダちとくのちとくです。

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